【高校野球】中越 甲子園メンバー紹介① 背番号1~6

【中越 甲子園メンバー紹介①】

①上村将太(3年・投手) 塩沢中 166センチ65キロ 左投左打昨秋からエースナンバーを背負うサウスポー。秋の県大会決勝では日本文理の連勝記録をストップした。130キロ台の直球と変化球を低めに制球する。小2で野球を始めてからずっと投手で、中学では県大会ベスト8。「中学の先輩がプレーしていた」と中越に進学した。2年秋から背番号1を背負うものの、春と夏は背番号10の高井の成長から登板機会が少なかった。「正直悔しい部分もあるが、高井と一緒にチームを引っ張っていこうと決めている」と責任感は強い。父・真人さんは小出高校のエースだった。「お前が甲子園のマウンドに立っている姿が見たいから頑張ってくれ」と言われている。「中越の『背番号1』はいい投手、素晴らしい先輩たちが背負ってきた。歴代の先輩に恥じないよう、仲間の気持ちを背負って投げたいし、試合に出られなくても『コイツが背番号1でよかった』と思われるように役割を果たしたい」と話す。

②波方凌(3年・捕手) 堀之内中 181センチ81キロ 右投右打

プロのスカウトが注目する強肩強打の捕手。小4で野球を始めた時から捕手で、小出・庭山とは中学までバッテリーを組んできた。中越では早くから大型捕手として期待されてきた。この冬に自分の進路について考え、「プロに行きたい」と明確な目標を持った。「やるからには高校で一番上になるという目標を掲げてやれば、何に対しても通過点だと考えられると思った。だから新潟大会の決勝も甲子園も意識していない」ときっぱり。捕手としての心構えも「投手の一番いい球、決め球を見極め、そこまでの配球をしっかり考える。浮足立った時も自分が間を取って、ナインを落ち着かせることを意識している」と話す。「甲子園で活躍して、日本代表を目指したい。自分の魅力は長打。しっかり振って、チームに勢いをつけたいし、甲子園ではホームランを打ちたい」と意気込む。

③治田丈(3年・一塁手) 燕吉田中 173センチ90キロ 右投右打

右の長距離砲。そのDNAは父譲り。父・仁さんは30年前の1985年夏、中越の四番・一塁手として甲子園出場を果たした。あと数十センチで本塁打という三塁打を放ったスラッガー。その息子として、物心ついた時には父の甲子園でのビデオを見ていた。ただ父は息子に野球を強要しなかった。小2年で友人に誘われて野球を始め、小4で打てなかった時、初めて父に「野球を教えてください」と頼んだという。自宅での打撃練習では「毎日泣かされた」と笑う。「このユニフォームで甲子園に行きたい」と中越へ。早くも1年夏には代打デビューも2年夏はベンチから外れた。「考え方や練習の取り組み方を変えなければ」と奮起し、レギュラーの座を奪い返した。甲子園では「まずは1勝、そして父が打てなかったホームランを打つことが目標。やっと父が果たせなかったことをできる場所に立てる」と意気込んでいる。

④井口修一(3年・二塁手) 塩沢中 169センチ71キロ 右投右打

新潟大会の打率が.647でチーム一。“恐怖の九番打者”である。二塁手としてもクレバーな守備が武器。新潟大会決勝の1回には日本文理の先制点を防ぐ好守備を見せた。「文理の荒木選手はインサイドからバットを出すことが上手い選手。高井のスライダーが内側に決まっていたので、引っ張ることはないと思った」と予め位置をセカンドベース寄りに。ビッグプレーで試合の流れを引き寄せた。小学校では捕手で上村とバッテリーを組んでいたことも。中学から内野手で、「中越は新潟県内で一番厳しい練習と聞いていた」ことから進学を決めた。甘い球を逃さない積極的な打撃が持ち味。「新潟大会ではいいところで打順が回ってきた。楽な気持ちでプレーできたのが結果が出た要因」と分析する。「甲子園は声が聞こえづらい。しっかり大きな声を出して、自分のプレーをできれば」話す。冷静な分析家である。

⑤斎藤颯(3年・三塁手) 荒川中(新発田シニア) 178センチ76キロ 右投右打

主将、不動の四番打者だった斎藤をアクシデントが襲ったのは大会直前の6月25日。右足くるぶしの疲労骨折で「全治3か月」と診断された。しかし、「けがをしたことで一旦自分を見つめ直す時間ができた」と前向きにとらえる。長岡から遠く離れた村上市旧荒川町から中越へ。「県内で最も厳しい練習をするところで自分を鍛えたかった」と話す。入学式直後の自己紹介では周囲の誰もが初対面の中、「自分はスターになるためにこの学校に来ました」と挨拶。その度胸と精神力の強さに本田監督が惚れ込んだ。初めての寮生活で「母親のありがたみがわかった」と感謝を欠かさない。ケガから順調に回復し打撃練習を再開しているが、守備につくことはできない。「1打席に懸ける」と強い思いでその時を待つ。「ベンチ外の3年生の応援のおかげでプレーできている。長岡の皆さんの思いを背負い、新潟県の代表としてしっかり勝ちたい」と強い決意で臨む。

※斎藤颯主将のケガについてはこちらの記事をご覧ください
https://www.niigatayakyu.com/archives/9151

⑥永井海斗(3年・遊撃手) 新井中 164センチ70キロ 右投右打

二番打者として中軸へつなぐ役割を果たす一方、遊撃手では堅実な守備でチームを支えてきた。妙高市の出身で、「絶対に甲子園に行きたいと思っていた。中越なら目指せると思っていた」と親を説得して長岡市へやって来た。1年秋にケガをしてベンチ入りを逃したことがきっかけで、冬場「がむしゃらに練習した。自分の足りないところは打撃だったので、とにかくバットを振った」と他の選手の何倍も努力を重ねた。その結果、2年春から遊撃手を守る。「背番号をもらえたことが嬉しかった」と話す。7歳上の兄・拓磨さんも元高校球児。甲子園出場が決まると「よかったな」と言われて嬉しかったという。甲子園では「親にも兄にも恩返ししたい。受け身にならないように丁寧にプレーして、新潟県が成し遂げていない優勝を成し遂げたい」と目標を掲げる。

(取材・撮影・文/岡田浩人 撮影/嶋田健一)

 


【高校野球】中越 甲子園メンバー紹介② 背番号7~12

⑦入沢武弘(3年・左翼手) 刈羽中(柏崎シニア) 173センチ67キロ 右投左打

俊足巧打のリードオフマン。新潟大会の代率は.450でその役割を見事に果たしたが、「9番の井口に打率で負けたのが悔しい」と負けず嫌いな一面を見せる。小3で野球を始めるまでサッカーをやっていたが、友達に誘われ野球へ。柏崎シニアでは俊足と肩の強さをいかして外野手に。「私立の強豪校を倒して甲子園に行きたい」と中越へ入学。今春、思うように打撃で結果が残せず、「結果が出ないということは自分の練習が足りないからだ」とひたすら練習に打ち込んだ。「自分が塁に出れば打線がつながる。何でもいいので塁に出ることを意識している」と話す。50メートルは6秒4で走るが、「ホームから一塁を駆け抜けるまでは自信がある」という。「とにかく塁に出て、自分が最初にホームを踏みたい」と甲子園でもダイヤモンドを駆け抜ける。

⑧小林史弥(3年・中堅手) 堤岡中(長岡東シニア) 180センチ70キロ 右投右打
長打も打てる俊足の3番打者。小中学までは内野手。高校入ってからも内野手だったが、2年秋から俊足をいかして外野手に。守備での「一歩目には自信がある」と話す。「他の私立のセレクションに落ち、見返してやりたかった」と地元の中越に進学。入学直後、本田監督に通学態度を注意された。「監督から『お前が本物になれるかなれないかはここだ』と言われた。何を目指してこの学校に来たのかを考えた。私生活も野球に全部つながっている」と心を入れ替え練習に取り組んだ。チームでは斎藤を支える副将でもある。新潟大会の準決勝・小出戦では均衡を破る適時打を放った。「颯がああいう状況(ケガ)で苦しかった。絶対に勝つという執念で打てたヒット」と振り返る。「甲子園では新潟に中越高校があるぞと見せつけたい。思い切りプレーして輝きたい」と話す。

⑨小林弘樹(3年・三塁手) 堤岡中(長岡東シニア) 171センチ71キロ 右投右打
チャンスに強い6番打者。秋の県大会決勝では本塁打も放ちパンチ力もある。父は長岡商の野球部OBで、小学4年生で野球を始め、投手や捕手、内野手をこなした。シニア時代のコーチに勧められ中越へ。「日本文理や新潟明訓が甲子園に行っていたので、その2強と戦う私立で甲子園を目指したかった」という。2年春の時、メンバーに入れなかったが「このままではダメだと自主練習を必死にした」。その努力が結果につながり、2年夏でベンチ入り。去年秋はサード、今年春はライトだったが、斎藤のケガで再びサードへ。「本田監督から頼むと言われ、自分がやってやろうと考えた。いろいろな経験ができているのはプラス」と前向き。「チャンスで自分の打撃を心掛けたい。つなぐことを意識しチームの勝利に貢献したい」と話す。

⑩高井涼(3年・投手) 長岡大島中 180センチ71キロ 右投右打

新潟大会の優勝投手で最速138キロの直球と多種類のスライダーで打たせて取る。小3から投手で全国大会出場経験もある。中学の時、自分の力のなさを嘆き、野球をやめようかと考えたが、病気で野球を諦めた3つ上の兄・夏紀さんから「こんなところで諦めていいのか」と叱咤され奮起。「兄ができない分、自分が甲子園に行かなければ」と強い決意で臨んできた。冬場の走り込みで秋までにはなかった速い変化球を習得。夏の大きな武器になった。「甲子園は小さいころからの夢で、そこで活躍するのが目標。甲子園は打者のレベルも上がる。武器であるスライダーをコースに投げ分けて、気持ちで引かないこと」。目標は「全国制覇」ときっぱり話す。

⑪雪野敏和(3年・投手) 小出中(長岡東シニア) 176センチ71キロ 右投右打

小3で野球を始めてから「ずっと投手」。制球力が身上の投手だったが、高校に入ってから球速が「急激に伸びた」と話す。直球の最速は141キロ。6月の北信越大会準決勝・敦賀気比戦の途中からマウンドに上がり、センバツ王者を相手に真っ直ぐで勝負し好投。「通用する球があった。あれ以上の打線はなかなかないし、自信になった」と笑顔を見せる。「甲子園でも登板機会があれば持ち味である真っ直ぐでドンドン押したい。自己最速を更新したい」と意気込む。

⑫広川健介(2年・捕手) 長岡西中(長岡東シニア) 172センチ60キロ 右投右打2年生で唯一のベンチ入り。小3で野球を始め、中学時代はで長岡東シニアで三塁手として活躍。「長年甲子園に行っていなかったので、自分たちの力で長岡から甲子園に行きたいと思った」と中越に進学した。高校では強肩とクレバーさを買われ捕手に。ブルペンで投手の球を受ける。「投手のボールの状態をしっかり把握して波方さんに伝えたい。甲子園は野球を学べる場所」と話す。元気と肩の強さをいかしたプレーを心掛ける。

(取材・撮影・文/岡田浩人 撮影/嶋田健一)


【高校野球】中越 甲子園メンバー紹介③ 背番号13~18 記録員&マネージャー

⑬伊藤聖大(3年・内野手) 三島中(長岡シニア) 173センチ61キロ 右投右打

兄の拓将さん(去年の新潟明訓の一塁手)と一緒に小2の時に地元チームで野球を始めた。長岡シニアではセカンドで父が中越OBだったことから進学。父も兄も果たせなかった甲子園出場を「嬉しい」と喜ぶ。高校入学後、ケガで2度の手術を経験。「やめようかとも考えたが、仲間の励ましであきらめないでやろうと決意した」。努力の甲斐あって春からベンチ入りを果たした。「出場機会があれば、今まで関わってくれた人に恩返しできるプレーをしたい」と話す。

⑭五十嵐幹大(3年・内野手) 見附南中 163センチ60キロ 右投左打

チーム一の俊足で50メートルを6秒0で走る。父親の紀隆さんも中越の野球部員だったが、甲子園出場は果たせなかった。紀隆さんの3年夏の最後の背番号は14。その同じ背番号を付けて甲子園に乗り込む。「どうにか足を使ってチームに貢献したい。このチームは打球を飛ばす打者が多いので、違う空気をもたらせたら」と意気込んでいる。一塁ランナーコーチとしても、チームに貢献する。

⑮関川怜男(3年・外野手) 瑞穂中(柏崎シニア) 174センチ72キロ 右投右打

斎藤颯のケガで新潟大会では右翼手に入った。柏崎シニア時代から外野手。3歳上の兄が中越の野球部だったことで「中越で甲子園を目指そう」と入学。去年夏、準々決勝で日本文理に敗れた先輩たちが号泣する姿を見て、「何としても甲子園に行きたい」と心に誓い、見事リベンジを果たした。甲子園では「守備は最後の最後まで諦めずボールを逃さない。打撃はしぶとく塁に出ることを意識して上位につなげたい」と話す。

⑯星聖也(3年・内野手) 寺泊中 168センチ61キロ 右投左打

内野守備のスペシャリスト。「中学の先輩である星佳孝さん(去年のエース)ともう1度一緒に野球をやりたいと思って中越に来た」。1年秋にベンチ入りしたが、2年の時にはベンチ外に。「もう一度ベンチに入りたい」と朝の練習から自分の売りである守備を徹底的に磨いた。「求められているのは守備やベンチワーク。自分ができる最大限のことをしてチームに貢献したい。出場機会があれば堅実な守備でチームの役に立ちたい」と意気込む。

⑰五十嵐雄飛(3年・外野手) 見附南中 172センチ64キロ 右投左打

外野手の控え。小中学校と投手で、背番号14の五十嵐幹大とバッテリーを組んできた。本田監督に声をかけられて中越へ。「周りは凄いメンバーばかりで、最初はやる気がなくなりそうになった」と笑うが、3年生になった時、「3塁コーチとして自分の役割を果たそうと決めた」という。落ち着いた状況判断と選手への的確な指示で仲間の信頼も厚い。「甲子園という球場の雰囲気に飲まれないようにしたい」と意気込む。新潟大会と同じく何度も右手を回すつもりだ。

⑱小柳恭宏(3年・外野手) 大崎中 174センチ71キロ 右投右打ち

外野手の控えで長距離を打てる魅力がある。祖父の宏さんが少年野球のコーチをしていたことから「小1で強制的に野球をやらされた」と笑う。名門・中越の門を叩くが、自宅からの通学。朝は6時の電車に乗り、帰宅は夜10時を過ぎる。「毎日洗濯をしてくれる親には感謝している」と話す。斎藤のケガでBチームの4番打者から昇格した。「自分が代打で出る時は流れが悪い時。自分の一打でチームの流れを変えて勝利に導けたら」と力を込める。

記録員・常山達平(3年) 六日町中 163センチ55キロ 右投左打

小2で野球を始める。中学までは内野手。「甲子園に行きたかった」と中学の仲間と一緒に中越へ。中越は代々選手が記録員としてベンチに入ることから、先輩に教えられ記録員も務めるようになり、去年秋からベンチに入りスコアを付ける。練習では率先して打撃投手なども務め、チームを陰で支えてきた縁の下の力持ち。「プレーで貢献できないので、少しでもチームの力になれれば」と屈託のない笑顔を見せる。

マネージャー・野川綾乃(3年) 長岡東中

中学まではソフトテニスをプレーしていた。3年前の夏、新潟大会決勝で同じ中学の先輩が中越でプレーしていたため球場に応援に駆け付けた。その時に中越の野球部に心が惹かれた。「メンバーに入ることができなかった部員たちが一生懸命応援していてカッコよかった」と話す。グラウンドを訪れるOBへの対応や選手のサポートに追われる日々だが、「選手たちの目標に少しでも近づけるようサポートして、任された仕事は全力でやりたい」と意気込む。試合当日はアルプススタンドで応援する。

(取材・撮影・文/岡田浩人 撮影/嶋田健一)


【小学生軟式】オール阿賀野がベスト16進出 全日本学童軟式野球大会

学童軟式野球の全国大会「高円宮賜杯第35回全日本学童軟式野球大会」(マクドナルド・トーナメント)の2回戦が8日、東京・神宮球場などでおこなわれ、新潟県代表のオール阿賀野ジュニアが4対2で山形県代表の寒河江中部小BCツインズに勝ち、ベスト16進出を果たした。3回戦は9日(日)11時30分から神宮球場で神奈川県代表の有馬フレンズと対戦する。

ベスト16進出を果たしたオール阿賀野ジュニア(写真は6月撮影)

◎8日の2回戦の結果◎
オール阿賀野ジュニア4-2寒河江中部小BCツインズ
阿賀野 001 200 1 =4
寒河江 000 000 2 =2
(バッテリー)
阿賀野:坂井-加藤秀

(取材・撮影・文/岡田浩人)


【中学軟式】新潟KWBクラブが初戦に勝利 全国KWB選手権

KWBボール(旧Kボール)の夏の全国大会「第15回U15全国KWB野球選手権大会」が8日、全国16チームが参加して静岡県で開幕。新潟県選抜チームである新潟KWBクラブはで荒川レジェンド(東京)に4対2で勝利した。Aブロック(8チーム)に配置された新潟KWBクラブは9日は宇治KB野球部(京都)と対戦する。AブロックとBブロックの上位2チームが10日の決勝トーナメントに進むことができる。

初戦に勝利した新潟KWBクラブ(オレンジのユニフォーム 写真提供:新潟KWBクラブ)

KWBボールは軟式球と硬式球をつなぐ架け橋となるボールとして2000年に開発された。新潟県選抜チームは毎年、中体連の大会を終えた中学3年生の中から選手が選ばれて結成されている。

◎8日の試合結果◎
<Aブロック>
新潟KWBクラブ4-2荒川レジェンド(6回時間切れ)

新潟 001 003 =4
荒川 002 000 =2
(バッテリー)
新潟:山本(直江津)、渡辺(堀之内)、古沼(燕)、小林(城東)-先川(猿橋)、小鷹(燕)

(文/岡田浩人)